はじめに
皆様の会社で、同じような能力を持っているはずなのに、成果に大きな差が出る社員はいらっしゃいませんか。あるいは、優秀な人材を採用したはずなのに、期待したほどの成果が上がらないというケースはないでしょうか。
実は、個人の仕事の成果は次の方程式で表すことができます。
個人の仕事の成果 = 考え方 × 熱意 × 能力
この方程式は、京セラ創業者の稲盛和夫氏が提唱した「人生・仕事の結果の方程式」として知られており、多くの企業で人材育成の指針として活用されています。重要なのは、3つの要素が「足し算」ではなく「掛け算」であるという点です。つまり、どれか一つでもゼロやマイナスになれば、全体の成果もゼロやマイナスになってしまうのです。
本資料では、この方程式を中小企業の現場で実践的に活用する方法を、具体例を交えて詳しく解説いたします。
1. 考え方(経営理念、仕事への取り組み方)
考え方とは何か
「考え方」とは、仕事に対する姿勢、価値観、人生観を指します。これは-100点から+100点までの範囲を持つ要素です。正しい考え方を持てば大きなプラスになりますが、間違った考え方はすべてを台無しにしてしまいます。
考え方の具体例
プラスの考え方
- お客様の満足を第一に考える
- 誠実に仕事に取り組む
- チームの成功を自分の喜びとする
- 失敗を学びの機会と捉える
- 常に改善を心がける
マイナスの考え方
- 「これは自分の仕事ではない」という縦割り意識
- 楽をして儲けようという姿勢
- 他人の成功を妬む心
- 責任転嫁する態度
- 「どうせ無理」という諦めの姿勢
中小企業での実践例
製造業A社(従業員30名)のケース
A社では、高い技術力を持つベテラン社員Xさんがいました。しかし、彼は「自分の担当製品さえ完成すればいい」という考え方で、後輩への指導を拒否し、他部署との連携も避けていました。結果として、彼個人の成果は高くても、会社全体の生産性向上には貢献できませんでした。
一方、同じく技術力のあるYさんは、「会社全体の技術力向上が自分の使命」という考え方を持ち、積極的に技術を共有しました。その結果、部門全体の品質が向上し、Yさん自身も管理職に昇進。会社の売上拡大に大きく貢献しました。
このケースでは、考え方の違いが、同じ能力を持つ二人の成果を大きく分けたのです。
経営者がすべきこと
| 取り組み項目 | 具体的な方法 | 期待される効果 |
|---|---|---|
| 経営理念の明確化 | 創業の想い、会社の存在意義を言語化する | 社員の行動指針が明確になる |
| 理念の浸透 | 朝礼での共有、理念カードの配布、評価制度への反映 | 社員の価値観が統一される |
| 経営者自らの実践 | 率先垂範、言行一致 | 社員の信頼と共感を得られる |
| 対話の機会創出 | 定期的な1on1ミーティング、理念勉強会 | 考え方の軌道修正が可能になる |
2. 熱意(やる気、モチベーション)
熱意とは何か
「熱意」とは、仕事に対する情熱、やる気、モチベーションを指します。この要素は0点から100点の範囲を持ち、高ければ高いほど成果に直結します。ただし、マイナスになることはありません(やる気がない状態は0点です)。
熱意が高い社員の特徴
- 自ら進んで仕事を見つける
- 困難な課題にも前向きに取り組む
- 時間を惜しまず努力する
- 周囲に良い影響を与える
- 創意工夫を重ねる
中小企業での実践例
小売業B社(従業員15名)のケース
B社の店舗スタッフCさんは、入社3年目で特別な能力があるわけではありませんでした。しかし、「お客様に喜んでもらいたい」という強い熱意を持ち、以下のような行動を取りました。
- 出勤前に30分早く来て、店舗周辺の清掃を自主的に実施
- お客様の顔と好みを覚えるノートを作成
- 商品知識を深めるため、休日に関連書籍を読破
- お客様からの問い合わせに即座に対応できるよう、在庫情報を常に把握
この熱意の結果、Cさんの接客を目当てに来店するリピーターが増加。彼女の担当する売り場の売上は、他のスタッフの1.5倍に達しました。同じ研修を受け、同じマニュアルで仕事をしていても、熱意の差が成果の差を生んだのです。
熱意を引き出す・維持する方法
内発的動機づけの重要性
給与や賞与などの外発的動機づけも重要ですが、長期的には内発的動機づけ(仕事そのものへの興味、達成感、成長実感)の方が効果的です。
具体的施策
- 目標の明確化と共有
- 会社の目標を個人の目標に落とし込む
- 達成時のイメージを具体的に描かせる
- 進捗を可視化し、小さな成功体験を積ませる
- 承認と感謝の表明
- 日常的に「ありがとう」を伝える
- 良い行動をその場で褒める
- 社内報や朝礼で成果を共有する
- 成長機会の提供
- 新しい業務へのチャレンジ機会
- 外部研修や資格取得の支援
- 裁量権の段階的な拡大
- 働きやすい環境づくり
- 公平な評価制度
- ワークライフバランスへの配慮
- 心理的安全性の確保
3. 能力(知識、経験、技量)
能力とは何か
「能力」とは、仕事を遂行するために必要な知識、経験、技術、スキルを指します。この要素も0点から100点の範囲を持ち、教育訓練によって向上させることができます。
能力の構成要素
専門知識・技術
- 業務遂行に必要な専門知識
- 技術的スキル
- 業界知識
ビジネススキル
- コミュニケーション能力
- 問題解決能力
- 時間管理能力
- PCスキル
経験
- 同様の業務を遂行した経験
- トラブル対応の経験
- プロジェクト完遂の経験
中小企業での実践例
IT企業D社(従業員25名)のケース
D社では、高い技術力を持つエンジニアEさんを採用しました。確かに彼のプログラミングスキルは卓越していましたが、以下の問題がありました。
- 顧客の要望を正確に理解できない(コミュニケーション能力の不足)
- 一人で抱え込み、納期に遅れる(時間管理能力の不足)
- 自分のコードを説明できない(プレゼンテーション能力の不足)
一方、技術力では劣るFさんは、これらのビジネススキルに優れていました。結果として、顧客満足度が高く、リピート受注につながったのはFさんの案件でした。
このケースは、専門能力だけでなく、総合的な能力が重要であることを示しています。
能力開発の進め方
| 能力開発の段階 | 対象者 | 重点施策 | 期間の目安 |
|---|---|---|---|
| 導入期 | 新入社員、未経験者 | OJT、基本マニュアルの習得、先輩社員のサポート | 3〜6ヶ月 |
| 成長期 | 一通り業務ができる社員 | 実践的課題への挑戦、外部研修、資格取得支援 | 1〜3年 |
| 熟練期 | ベテラン社員 | 専門性の深化、後進育成、マネジメント研修 | 3年以上 |
| 変革期 | 全社員 | 新技術への対応、DX推進、業務改革プロジェクト | 継続的 |
4. なぜ「掛け算」なのか
この方程式の最も重要なポイントは、3つの要素が掛け算であることです。
掛け算の意味
ケース1:能力が高くても考え方がマイナスの場合
- 考え方:-50点
- 熱意:80点
- 能力:90点
- 成果:-50 × 80 × 90 = -360,000(大きなマイナス)
優秀な社員が不正行為や情報漏洩を行えば、会社に甚大な損害を与えます。
ケース2:バランスが取れている場合
- 考え方:80点
- 熱意:70点
- 能力:60点
- 成果:80 × 70 × 60 = 336,000(大きなプラス)
能力が高くなくても、正しい考え方と高い熱意があれば、大きな成果を生み出せます。
ケース3:能力は高いが熱意がゼロの場合
- 考え方:70点
- 熱意:0点
- 能力:90点
- 成果:70 × 0 × 90 = 0(成果ゼロ)
どんなに能力があっても、やる気がなければ成果は出ません。
実際の企業事例
運送業G社(従業員50名)のケース
G社では、ベテランドライバーHさん(運転技術抜群、能力90点)が、「配送さえすればいい」という考え方(考え方30点)で、荷物の扱いが雑でした。熱意も低く(熱意20点)、顧客からのクレームが絶えませんでした。 → 成果:30 × 20 × 90 = 54,000
一方、新人ドライバーIさん(運転技術はまだ未熟、能力50点)は、「お客様の大切な荷物を安全に届ける」という考え方(考え方85点)を持ち、丁寧な仕事を心がけ(熱意80点)ました。 → 成果:85 × 80 × 50 = 340,000
結果として、Iさんの方が顧客満足度が高く、指名依頼も増えていきました。そして、経験を積むにつれて能力も向上し、さらに成果を伸ばしていったのです。
5. 中小企業経営者のための実践ステップ
ステップ1:現状把握(1〜2ヶ月)
- 社員一人ひとりの「考え方」「熱意」「能力」を評価
- 成果との相関関係を分析
- 課題の特定(どの要素が不足しているか)
ステップ2:環境整備(3〜6ヶ月)
- 経営理念の再構築または明確化
- 評価制度の見直し(3要素を反映)
- 教育研修体制の構築
- コミュニケーション制度の整備
ステップ3:継続的実践(継続)
- 定期的な面談の実施
- 理念浸透活動の継続
- 能力開発機会の提供
- 成果の測定と改善
経営者自身が最も重要
この方程式を社員に適用する前に、経営者自身がこの3要素を高めることが最も重要です。経営者の考え方、熱意、能力が、会社全体の成果を決定するからです。
まとめ
個人の仕事の成果は、「考え方×熱意×能力」で決まります。中小企業においては、限られた人材で最大の成果を上げる必要があるため、この方程式の理解と実践が特に重要です。
重要ポイント
- 3要素は掛け算であり、どれか一つでも欠ければ成果は出ない
- 「考え方」は唯一マイナスになる要素であり、最も重要
- 「熱意」は内発的動機づけで長期的に維持できる
- 「能力」は計画的な育成で向上させられる
- 経営者自身がまず実践することが成功の鍵
この方程式を理解し、社員一人ひとりの3要素を高めることで、貴社の生産性と競争力は必ず向上します。今日から、できることから始めてみてください。

