ポイントは以下の通り。
- 成長と継続経営: 従業員がモチベーション高く働く環境が、企業の成長と持続的経営(Going Concern)を実現する最良の投資である。
- モチベーション向上: 心理的安全性(挑戦)、成長実感(達成)、貢献(感謝)の実感の3要素が不可欠。特に給与などの外発的動機より、仕事への興味・やりがいといった内発的動機が長期的な成長に不可欠。
- 経営者の役割: そのためには経営者は「理念を明確化し」「対話の場を作った上で」
「チャレンジを応援し」⇒「学びの機会を提供し」⊕「小さな成功体験につなげ」⇒「感謝の言葉を増やす」
はじめに
多くの経営者は「売上を上げること」「コストを削減すること」に注力しますが、実は従業員が楽しくモチベーション高く働ける環境を作ることこそが、最も確実に業績向上につながる投資です。これは感情論ではなく、従業員の成長が企業の競争力を高め、結果として持続的な経営(Going Concern)を実現するという、明確な因果関係があるからです。
本稿では、この「従業員が楽しくモチベーション高く働く→従業員成長→会社業績向上→継続的経営」という好循環について、具体的な事例を交えながら、誰にでも分かりやすく解説します。
1. 「楽しくモチベーション高く働く」とは何を意味するのか
1-1. 楽しくモチベーション高く働くことの3つの要素
楽しく働くというのは、単に職場で笑っているということではありません。以下の3つの要素が揃っている状態を指します。
心理的安全性 失敗を恐れずに意見を言える、新しいことに挑戦できる環境があることです。例えば、会議で「それは違うと思います」と若手社員が言っても、怒られることなく「なぜそう思うの?」と対話が始まる職場です。
成長実感 昨日の自分より今日の自分が成長していると感じられることです。新しいスキルを習得したり、難しい仕事を達成したりする経験が定期的にあることを意味します。
貢献の実感 自分の仕事が誰かの役に立っている、社会に価値を提供していると感じられることです。お客様からの「ありがとう」や、チームメンバーからの感謝の言葉がこれにあたります。
1-2. モチベーションの種類
心理学者のエドワード・デシは、モチベーションを「外発的動機」と「内発的動機」に分類しました。
| 種類 | 内容 | 具体例 | 持続性 |
|---|---|---|---|
| 外発的動機 | 外部からの報酬や評価 | 給与、ボーナス、昇進、表彰 | 短期的 |
| 内発的動機 | 仕事そのものへの興味・関心 | 達成感、好奇心、学習意欲、使命感 | 長期的 |
重要なのは、継続的な成長には内発的動機が不可欠だということです。給与を上げても一時的にしかモチベーションは上がりませんが、仕事自体に面白みを感じていれば、自ら学び続けます。
2. 従業員の成長が企業に与える影響
2-1. 個人の成長が組織に与える連鎖効果
一人の従業員が成長すると、以下のような連鎖が起こります。
ステップ1:スキル向上 楽しく働いている従業員は、自発的に勉強し、新しいことに挑戦します。例えば、接客業のスタッフが「もっとお客様を喜ばせたい」と思えば、自主的に商品知識を深めたり、コミュニケーション技術を磨いたりします。
ステップ2:業務の質向上 スキルが上がれば、当然仕事の質が上がります。ミスが減り、スピードが上がり、より高度な業務をこなせるようになります。
ステップ3:周囲への好影響 一人が成長すると、その姿勢が周囲に伝播します。「あの人頑張っているな」と刺激を受けた同僚も、自分も成長しようと思うようになります。
ステップ4:組織全体の能力向上 個々の成長が積み重なり、組織全体のレベルが底上げされます。これが企業の競争力の源泉となります。
2-2. 具体的事例:未来工業株式会社(岐阜県)
電気設備資材メーカーの未来工業は、「日本一社員が幸せな会社」として知られています。同社の特徴的な制度を見てみましょう。
楽しく働く環境づくり
- 年間休日140日(一般企業の平均は約120日)
- 残業禁止
- ノルマなし
- 全員正社員
- 社員旅行は全額会社負担で海外
結果として生まれた成長 従業員は時間的・精神的余裕があるため、自分で考えて仕事をする習慣が身につきました。「どうすればもっと効率的に仕事ができるか」を常に考え、年間数百件の改善提案が社内から出てきます。
業績への反映 この結果、同社は高収益企業として知られ、営業利益率は業界平均の2倍以上。社員の定着率も極めて高く、技術やノウハウが蓄積され続けています。創業者の故・山田昭男氏は「社員が幸せでなければ、良い製品は作れない」という信念を貫きました。
3. モチベーション高く働くことと業績向上の関係
3-1. エンゲージメントと業績の相関
従業員エンゲージメント(会社への愛着心や貢献意欲)が高い企業ほど、業績が良いという調査結果が多数報告されています。
ギャラップ社の調査結果
- エンゲージメントが高い企業は、低い企業に比べて収益性が21%高い
- 顧客満足度が10%高い
- 離職率が59%低い
- 生産性が17%高い
なぜこのような差が生まれるのでしょうか。
3-2. モチベーションが業績につながる5つの経路
| 経路 | メカニズム | 業績への影響 |
|---|---|---|
| 生産性向上 | 集中力が高まり、作業効率が上がる | 同じ時間でより多くの成果 |
| 品質向上 | 丁寧な仕事、細部への配慮が増す | 不良品減少、顧客満足度向上 |
| イノベーション | 自発的な改善提案や新アイデア創出 | 業務改善、新商品開発 |
| 顧客対応力 | 笑顔と親身な対応が自然に生まれる | リピート率向上、口コミ増加 |
| 離職率低下 | 優秀な人材の定着と技術蓄積 | 採用コスト削減、組織力強化 |
3-3. 具体的事例:株式会社西精工(徳島県)
精密部品製造業の西精工は、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞を受賞した企業です。
従業員を大切にする取り組み
- 「おはよう・ありがとう運動」の徹底
- 全社員が月1回、社長と直接対話できる「社長への手紙」制度
- 障害者雇用を積極的に推進(法定雇用率の2倍以上)
- 地域清掃活動など社会貢献活動への参加
従業員の成長 このような環境の中で、従業員は「自分たちが作る部品が、自動車の安全性を支えている」という誇りを持つようになりました。品質への意識が極めて高く、不良品発生率は業界平均の10分の1以下です。
業績向上 顧客からの信頼が厚く、リーマンショック後も受注が途絶えることはありませんでした。従業員のアイデアから生まれた独自の加工技術により、高付加価値製品の開発に成功し、売上・利益ともに成長を続けています。
4. Going Concern(継続企業)の実現
4-1. 継続企業の前提とは
会計の世界で「Going Concern」とは、企業が将来にわたって事業を継続できる前提のことを指します。中小企業が継続企業として存続するためには、以下の要素が必要です。
持続的な収益力 一時的な利益ではなく、継続的に利益を生み出せる仕組みがあること。
競争優位性 他社に簡単に真似できない強みを持っていること。
人材の確保と育成 事業を担う人材が確保され、継続的に成長していること。
顧客基盤の安定性 一時的な顧客ではなく、長期的な関係を築ける顧客がいること。
財務の健全性 適切な利益率と資金繰りが保たれていること。
4-2. 従業員の成長がGoing Concernを支える理由
理由1:技術やノウハウの蓄積 従業員が長く働き続けることで、企業固有の技術やノウハウが蓄積されます。これは競合他社が簡単に真似できない競争優位性の源泉となります。
理由2:顧客との信頼関係構築 同じ担当者が長期的に顧客と関わることで、深い信頼関係が生まれます。これにより、価格競争に巻き込まれにくくなります。
理由3:組織の自律的成長 従業員が自発的に学び、改善する文化が根付けば、経営者がいちいち指示しなくても組織が成長し続けます。
理由4:採用コストの削減 離職率が低ければ、頻繁に新人を採用・教育する必要がありません。このコスト削減効果は、中小企業にとって非常に大きいものです。
理由5:危機への対応力 信頼関係で結ばれた組織は、経済危機や市場変化などの困難な状況でも、一致団結して乗り越えることができます。
4-3. 具体的事例:株式会社伊那食品工業(長野県)
寒天メーカーの伊那食品工業は、48期連続増収増益という驚異的な記録を持つ企業です。
「いい会社」を目指す経営 同社の塚越寛会長は「会社の目的は社員の幸せ」と明言しています。
- 急成長を目指さず、年輪経営(着実な成長)を重視
- 美しい工場と庭園(社員が誇りを持てる環境)
- 充実した福利厚生と教育制度
- 地域社会への貢献活動
従業員の成長と働きがい 従業員は「こんな素晴らしい会社で働けることが幸せ」と感じており、定着率は極めて高い状態です。長く働くことで寒天に関する深い知識が蓄積され、顧客への提案力が向上しています。
継続的経営の実現 48期連続増収増益という数字が、従業員の成長と企業の継続的経営が両立していることの証明です。市場が成熟し、競合も多い中で、これだけの成長を続けられるのは、従業員一人ひとりの力が結集されているからです。
5. 楽しく働ける環境を作るための実践ステップ
5-1. 経営者がまず取り組むべきこと
ステップ1:理念の明確化 「何のために会社は存在するのか」を明確にします。単に「利益を上げるため」ではなく、「社会にどんな価値を提供するのか」「従業員にどんな場を提供するのか」を言語化します。
ステップ2:対話の場を作る 定期的に従業員と対話する機会を設けます。一方的な指示ではなく、「困っていることはないか」「どうすればもっと良くなると思うか」を聞きます。
ステップ3:小さな成功体験を作る いきなり大きな改革をするのではなく、従業員が「自分の意見が反映された」と感じられる小さな改善から始めます。
5-2. 現場レベルで実践できること
感謝の言葉を増やす 「ありがとう」「助かった」という言葉を意識的に増やすだけで、職場の雰囲気は変わります。
チャレンジを応援する 新しいことに挑戦する人を応援し、たとえ失敗しても責めない文化を作ります。
学びの機会を提供する 外部研修への参加、書籍購入補助、勉強会の開催など、成長を支援する仕組みを整えます。
5-3. 測定と改善
| 指標 | 測定方法 | 改善アクション |
|---|---|---|
| 従業員満足度 | 匿名アンケート | 不満点の改善、良い点の強化 |
| 離職率 | 退職者数の追跡 | 退職理由の分析、定着施策 |
| エンゲージメント | 専門ツール活用 | 部署別の課題抽出と対策 |
| 改善提案数 | 提案制度の運用 | 提案しやすい環境づくり |
| 顧客満足度 | 顧客アンケート | 従業員教育への反映 |
5-4. 具体的事例:株式会社武蔵野(東京都)
経営サポート業を営む武蔵野は、「環境整備」と呼ばれる独自の手法で従業員の成長を促しています。
環境整備の実践 毎朝15分間、全員で掃除を行います。これは単なる清掃ではなく、「気づく力」「考える力」「継続する力」を育てる教育手法です。
結果
- 従業員が自主的に業務改善を提案するようになった
- 整理整頓された環境で、作業効率が向上
- チームワークが強化され、部署間の連携がスムーズに
- 同社の手法は600社以上の企業に導入され、多くの企業で業績向上を実現
6. よくある誤解と注意点
6-1. 「楽」と「楽しい」は違う
楽しく働くことは、楽をすることではありません。適度なチャレンジと成長実感があってこそ、仕事は楽しくなります。過保護すぎる環境は、かえって従業員の成長を妨げます。
6-2. すぐに結果を求めない
従業員の成長と業績向上の因果関係は、数ヶ月で現れるものではありません。最低でも1〜2年、本格的な効果は3〜5年かかると考えるべきです。
6-3. 全員が同じモチベーションではない
従業員によって、何に喜びを感じるかは異なります。一律の施策ではなく、個々の価値観を理解した上での対応が必要です。
おわりに:持続可能な経営の本質
楽しく、モチベーション高く働ける環境を作ることは、コストではなく投資です。従業員の成長が企業の競争力を高め、業績向上につながり、さらに従業員への還元が可能になるという好循環が生まれます。
この好循環こそが、Going Concern(継続企業)の本質です。一時的な利益追求ではなく、従業員・顧客・地域社会すべてのステークホルダーとの良好な関係を築くことで、企業は長期的に存続できるのです。
中小企業の最大の資産は「人」です。その人が生き生きと働き、成長し続けられる環境を作ることが、経営者の最も重要な仕事だと言えるでしょう。今日からできる小さな一歩を踏み出すことが、10年後の企業の姿を大きく変えることになります。

